教授 松本 伊智朗

所属:大学院教育学研究院・大学院教育学院(教育学部教育学科)

専門分野:教育福祉論

研究のキーワード:貧困、子どもの貧困、社会福祉、教育、社会問題

出身高校:三国丘高校(大阪府)

最終学歴:北海道大学大学院教育学研究科

HPアドレス:https://researchmap.jp/ichiromatsumoto

※この記事は「知のフロンティア」第4号に掲載した記事を、ウェブ用に再編集したものです。

研究を始めるきっかけは何だったのですか

私は1979年に北海道大学に入学したのですが、頭の中は登山のことでいっぱいで、こうした問題にはまったく無知でした。最初のきっかけは教育学部に移行し、3年生の専門ゼミで読んだ論文です。先進工業国の貧困研究についての論文で、日本政府は貧困に関する公的統計と測定を1965年にやめていること、これは国際的な動向に逆行していること、日本では貧困問題に関心を払う研究者が少ないことなどを知りました。こんな大事な基礎資料に関心を持たずに社会福祉や教育の議論をしているなんて何だかおかしいと、素朴に感じたことをよく覚えています。現在では貧困問題や子どもの貧困は社会的・政策的に大きな関心を寄せられ、2009年からは政府による貧困率の推計も公表されるようになりましたが、当時は日本ではすでに解決済みのマイナーな問題と扱われていたのです。 二つ目のきっかけは、友人の卒業論文の手伝いで、児童養護施設という様々な事情で家族を離れて子どもが暮らしている児童福祉施設に行ったことでした。子どもに勉強を教えに通いながら、理不尽な経験をしてきている子どもたちの存在を知りました。貧困に直面し可能性を大きく制約されている子ども・若者が存在しているのに、その現実がマイナーな問題として扱われていることは、不公正だと感じました。偶然が重なって始めた研究ですが、気がついたらどっぷりつかっていました。

実際にどんな研究をしているのですか

大学院生の時に最初に取り組んだのは、児童養護施設で暮した子どもたちが、施設を退所したあとどのような生活をしているか、というテーマでした。北海道内の多くの施設の協力を得て、全体の動向を統計的に把握すると同時に、私自身が直接インタビューをして、子ども・若者たちの実際の仕事と生活の様子を整理しました。 分かったことの一つは、生活や仕事の「大変さ」と「社会的孤立」が密接に関係していることでした。貧困は人を孤立させるもので、だから他者からは分かりにくい。そして、だからこそ、教育や社会福祉という直接人を支える仕組みが重要だと感じました。しかし一方で、教育や社会福祉ができることには限界があり、社会の格差や不平等そのものを緩和する取り組みが不可欠だとも痛感しました。 最近の研究結果を、ひとつ紹介します。前述の児童養護施設と同様、さまざまな事情で家族と暮らせない、特に10代後半から20歳前後の子ども・若者が暮らしている「自立援助ホーム」を対象にしたものです。全国すべての自立援助ホームと協力して、子どもたちの背景を調査しました。 それぞれの子ども・若者がホームに入居する前に経験・直面した困難を整理し、それらを大きく「被害」「生活基盤の崩壊・貧困」「排除(孤立)」に分類して、それぞれの子ども・若者への重なりを示したものが図1です。 これを見ると、多くの場合この3つの側面の複数が重なっており、彼ら/彼女らが経験する困難が複合的であることがわかります。 ここで重要なことは、これらへの対応原理が質的に異なることです。それぞれ深刻な問題 なのですが、「被害」への対応原理は「回復」、「生活基盤の崩壊・貧困」への対応原理 は「生活の安定」、「排除(孤立)」への対応原理は「包摂(つながりの構築)」です。このように対応原理の異なる問題が複合して実際の不利や困難が形成されているのであれば、支援のための政策と実践は、複合的かつ総合的に構想されることが必要だということになります。 こうして改めて振り返ってみると、貧困と孤立の相互関係を軸に問題の分析をするという点では、最初の研究も最近のものも、発想は似ています。研究を始めて30数年、たくさんの調査を行い、外国の制度研究や理論研究にも幅を広げてきたつもりですが、結局は同じことをずっと考えているのかもしれませんね。

これからどのような研究を進めるのですか

やりたいことは、たくさんあります。児童養護問題について、新しい調査を開始しました。フェミニズムの観点から家族をとらえなおし、子どもの貧困研究の幅を広げてみる共同研究も進行中です。2016年には北海道全域を対象にした子どもの貧困調査を実施し、データの分析をしているところです。単行本として出版予定ですが、報告書は「教育学研究院附属子ども発達臨床研究センター」のホームページで見ることができます。子どもの貧困の研究史の整理も始めたいですね。 そして最後に許されるなら、大学院生時代に行ったものと同じ調査をもう一度やってみたいという、ひそかな希望があります。20代のころに見落としていたことは何か、30数年後に同じ研究をすると何が見えるのか、確かめてみたいと考えています。

参考書

  1.  松本伊智朗他編著「子どもの貧困-子ども時代のしあわせ平等のために」 明石書店 2008年
  2.  松本伊智朗「子どもの貧困と『重なり合う不利』:子ども虐待問題と自立援助ホームの調査結果を通して」 季刊社会保障研究 vol.48-1 2012年 (図1の出所)
  3.  松本伊智朗他編著「子どもの貧困ハンドブック」 かもがわ出版 2016年
  4.  松本伊智朗編著「『子どもの貧困』を問いなおす-家族・ジェンダーの視点から」 法律文化社 2017年
  5.  松本伊智朗編集代表「シリーズ子どもの貧困」全5巻 明石書店 2019年~2020年