小内:最近ではブラック部活、教育格差、1970年代だと受験競争や学歴社会など、多くの教育の問題について指摘をし、メディアで発言しているのは教育社会学の視点から語っている人たちです。一方、教育学とは、理想の教育、カリキュラム、教師を探求する傾向が強く、「教育がどうあるべきか」という理想を追究します。それに対して教育社会学は、理想と現実社会との乖離を問題視し、「教育の周りで何が起こっているのか」を考え、問題の構造を現実の社会に即して明らかにしていきます。

小内 透 教授

小内 透 教授

小内透先生は、教育社会学という研究分野で40年以上研究に勤しみ、社会の不平等と向き合ってきました。2021年3月に北海道大学を退職し、2021年度からは札幌国際大学に移られました。いま、改めて、教育社会学の視点から社会の課題をお話していただきました。

教育と社会の複雑な関係

小内先生はどのような問題に焦点を当てて研究されたのでしょうか?

小内:何度かテーマを変えましたが、振り返ると通底していることがあると感じます。それは、「社会で不利益を被る傾向のある人たち」を対象としているという点です。私の研究の根幹には、社会的な格差と教育の不平等の絡み合いが、常にあった気がします。具体的には、農村社会の研究、「日系ブラジル人の子どもの不就学問題」、「アイヌの人たちの現在の状況」など、社会的に不利益を被っている人たちの教育問題を調査研究していました。

社会的な格差と、教育の不平等。この二つにはどのような関係があるのでしょうか?

小内:教育と言っても、学校教育だけでなく、家庭内での教育、自学自習、生活の中での学びなど、多種多様な教育が含まれています。社会の方も、家族、学級や学校、地域社会など、様々なスケールのものを指します。二つは、両義的な関係にあるといえます。社会的格差の方から見れば、社会的に不利な立場にあることは、その人が受けられる教育に制約を与えます。しかし一方で、自分の不利な立場を教育によって逆転しようと、教育を受けるモチベーションにつながる面もあるわけです。
逆に教育の方はどうかというと、教育はそもそも社会の格差是正のために生まれた側面があります。しかし、近年では、教育が社会の格差を拡大させていることも指摘されています。

お互いにプラスとマイナスの影響を与えあっていて、非常に複雑ですね

小内:両義的な関係ですね。社会的不平等、格差や不平等は、見方によっては悪いことばかりではありません。不平等と格差があるから、教育を通して自分たちの立場を変えていくエネルギーの源にもなるわけです。みんなが同じ立場だったら何も努力しなくなる。中国では、どんなに貧しい家庭に生まれても、教育でいい大学に入れば、学歴をつければ、自分の人生は変えられるのだという言い方をしていて、大学でも留学生の勉強の仕方を見ていると、いまの日本人は全然太刀打ちできないと思います。
社会的不平等、格差にはプラスの面とマイナスの面がありますが、もともと教育というのは、社会的不平等を是正する役割を持ちうる。どんな状況で生まれても、教育を通じてそれを変えることができる。怠けたら、裕福な家庭の子であっても、人生が変わってしまう。この両義性があるということを踏まえて、一方的な視点に偏らず俯瞰して見ることは大切です。

札幌国際大学キャンパスにて

まず、「教育」といっても学校教育だけでなく、もっと広いのですね

小内:教育というのは、学校教育を想像するのが一番わかりやすい。そこには、教える人がいて学ぶ人がいるというものですね。これが教育と捉えられやすいのですが、私たちの立場から言えば、非常に狭い範囲です。ある教育社会学の先生の整理に基づけば、教育をする意志と、学ぶ意志の二つの視点で教育を捉えたならば、一般的な学校の授業スタイルではこれらが揃っています。
これに対して、教育する意志はあるが、学ぶ意志が無い。例えば、犯罪を行ってしまって少年院に行った人たちに対する矯正教育です。学ぶ意志が無いが教えなくてはいけない。逆に学ぶ意志があるのに、教える意志がないパターンもあり、その場合は自分で学ぶ、自学自習をするしかない。これらの学習体験も広い意味で言えば教育ということになるわけですね。
もっと言うと、学ぶ意志も教育する意志も無いのに、教育といえる現象があるのではないかということもあります。これはテレビのクイズ番組が典型的で、テレビ番組を作っている側は、視聴率を高めるために、面白おかしくみんなに見てもらえるものを提供しようとしているだけで、みんなを啓蒙しようとか、教育しようという意志はないわけです。視聴者もクイズ番組を楽しんでいるだけで、学ぶ意志はない。このように教育する意志も学ぶ意志もないが、視聴体験を通じて新しい知識を得ることがあるわけで、これを影響という形の教育と呼ぶこともできます。その意図しない教育の中に、学習という側面と影響という側面と、二つを含めて無意図の教育という風に言っていいと思います。

大きなきっかけとなったセツルメント活動

社会的に不利な立場にある人に関心を持ったきっかけは何ですか?

小内:北海道大学の学生時代にサークル活動として行っていたセツルメント活動が大きかったと思います。セツルメント活動とは、貧しい苦しい生活をしている方の居住地に赴き奉仕する活動です。私も低収入の方が多く住んでいる地域に毎週のように通い、子どもたちと遊んだり、勉強を教えたりしていました。その中で、自分が面倒を見ていた子が、少年院に入ってしまったり、病気で亡くなってしまったりするのを目の当たりにし、社会の現実を知りました。今でも、社会から不利益を被っている人はたくさんいます。それは、その人たちを保護するだけで解決するような単純な問題ではありません。そのことを最初に教えてくれたのが、学部生時代のセツルメント活動でした。

セツルメントの活動で、子どもたちと(1976年頃)

セツルメントの活動で、子どもたちと(1976年頃)

社会的に不利な立場にある人たちの実状を知る研究

実際の研究では、具体的にどのような研究をされてきたのでしょうか?

小内:私は教育学部の学生だったころから、抽象的な理論からだけでなく具体的な人々の生活を調査し、その現実や変化を見ることを心がけてきました。学生時代も含め最初に取り組んだ分野は農村社会学で、「農村の地域構造」という研究テーマのもと、ほんとうに多くの地域へ調査に行きました。
その後、私が最近まで研究していたのは、先にも述べたように日系ブラジル人とアイヌ・先住民の人たちが抱えている問題です。いずれも、エスニシティ(民族性)によって、社会的に不利な状況にある人たちです。アイヌの人たちの調査は北海道大学アイヌ・先住民研究センターができたことがきっかけでした。

実際の研究は、どのように行ってきたのでしょうか?

小内:基本的にはアンケートとインタビューによる社会調査にかなりの時間を割きました。例えば日系ブラジル人の人たちの調査では、ブラジル人の子どもが通う学校や、ブラジル人の方が経営しているお店を訪問し、話を聞きました。それと同時に、ブラジル人を受け入れている側の地元の日本人にも話を聞きました。調査を通し、そこに住む人たちがどのような思いで生活をしているのかを知り、日系ブラジル人の人たちが抱えている教育問題の構造を探っていくのです。

地域や対象が変わっても、一貫したテーマで研究されてきたのですね。

小内:全国で同じ義務教育がされても、マスメディによる同質の情報に触れることができていても、ひとりひとりの学習水準は、地域や暮らし、親の学歴や経済状況などの影響を受けています。そして、そのこどもたちが大人になり親になっても、受けた教育によって貧困の状況を脱することができず、次世代へと繰り返される構造が見られます。振り返ってみると、自分は理論研究と実証研究を両輪にして、社会構造による不平等を克服する教育のあるべき姿を追求してきたと言えます。

問題の解決まで至るために

社会の不平等や教育の問題は、SDGsにも深く関わっています。

小内:私自身はSDGsを意識して研究テーマを選んだわけではありませんが、エスニシティ、貧困、不平等、ジェンダーなど、私のテーマと関わるものがSDGsには複数あります。ひとつひとつを深く研究することも大切ですが、実際の社会で不利益を被っている人たちは、複数の問題が重なり、絡み合った状態です。貧困層で女性、かつ地方に住んでいる、という状態をイメージしてみてください。その複雑な構造や因果関係を考え議論することは、問題を個別に掘り下げるよりも、問題解決に効果的だと考えています。

貧困や不平等を根本から解決するのは、難しいように感じます。

小内:問題がなぜ生じるのかは、これまでの研究の蓄積で分かっている部分も多いです。しかしながら、それでも解決できていないのが現状です。今後の研究で必要となるのは、問題を明らかにするだけではなく、解決の手段まで考えていくことです。問題をより広く知ってもらい、みんなが力を合わせて解決していく仕組みを、どうやったら作れるのか。そこに真正面から取り組む研究を、次世代の研究者たちにも期待したいですね。


インタビューこぼれ話~北海道大学の総合入試制度~

北海道大学では、2011年度から総合入試と呼ばれる入試制度を導入しています。総合入試で合格した学生は、文系か理系のいずれかで入学し、大学1年次は学部に所属しません。最初の1年間、どの学部でも必要となる教養や基礎を学んだ後、2年生に進級する際に学部を選択します。
小内透先生は、本制度の設計で中心的役割を果たした一人です。現在の制度について「1年次にどのような分野や研究があるかを見てから自分の専門を決められるので、ミスマッチを減らすことができる。制度を導入してからは、全国のいろいろな地域から北大に来てくれているので、学生同士すごく刺激をもらえるはず」と話してくれました。

 

[企画・制作]
北海道大学 URAステーション/SDGs事業推進本部(企画)
株式会社スペースタイム 中村 景子(ディレクター・編集・ライティング) 細谷 享平(ライティング)
PRAG 中村 健太(写真撮影)

プロフィール写真

小内 透 教授

所属:札幌国際大学人文学部現代文化学科 教授、北海道大学 名誉教授

社会学、教育社会学、地域社会学
貧しい家庭に生まれ高校から大学院までずっと奨学金を利用させていただきました。この経験も、社会的不平等と教育の関連を研究する背景になっているのかもしれません。厳しい環境でも学びが継続できる仕組みは大切だと実感しています。